目醒め・統合ワーク

【2年目】やましたひでこさん並木良和さんの断捨離セミナー+1年実践の学び3つ

8月末にやましたひでこさん、並木良和さんの断捨離セミナー2回目に参加しまして、この1年の実践も踏まえた学び・気づきを3つについてです。

全体像としては…

1)断捨離も「100の位置」も、質問でできている

  1. 断捨離にさらっと取りかかる、継続するための質問
  2. ものの断捨離は、思考の断捨離…「質問の断捨離」
だということ、
    (物によって生じる思考をとらわれるわけで、これをそのまま放置するのは世界最小の自殺だと僕は思ってます。
    そして、思考を断捨離するのなら、避けて通れないのが「質問の断捨離」だという話も合わせてします。
僕たちは質問の本質について、あまりに知らなさ過ぎました。
その恐ろしさについて、
  3. 「捨てなさい」…家族に対して命令するか?質問するか?
    を例に説明します。

2)断捨離・統合を進める…「未来→現在」時間感覚

  1. 断捨離にしても、ハイヤーに浸っていく・統合を進めるにしても、この「時間は未来から流れてくる」という認識が鍵になる
    これは認識の仕方というよりは、結構真実で誰もこれに抗えないものと僕は思っていますが、事実として証明できるかは別としても、超現実的な問題としてコーチングで扱われる。しかも悟っていくためにも最低限持っておくといい感覚です)
  2. コーチングと観照意識(ガイド、ハイヤー視座)から解説
    これは実際問題、未来のパラレルを強力に選択する技術にも、なります。
    片方のパラレルへ振るほど、もう片方へのコネクションが強くなる、結果、並行現実を選びやすくなる、と、同時に観照者意識にさらに馴染んでいく話です。

3)
断捨離(実戦していくこと)で統合がイージーになっていく

  1. 物と自分を分断できるはずがないことを思い知る
    …これはすぐ実感としてわかります。
  2. 捨てることは希望でしかない
    人間心理の仕組み上、何であれ、後戻りできないことには、「不安」が先立つようになっています。が、シヴァ神さえも断捨離して幸福になったという逸話も紹介しようと思います。
    「持つことによる幸福」「持たないことの幸福」は、どちらが波動が高いのか?

1)「断捨離」も「100の位置」も、質問でできている

断捨離にさらっと取りかかる・継続する質問

セミナー中、

「断捨離に取り掛かる・継続するモチベーションが湧きません」

という質問がありました。
確かに、日常の忙しさに、過去に本当大変だったからと、気力がわかなかったり、つい先延ばしにしてしまうことってあるって思うんです。

僕が断捨離が目的になってしまうくらい(本来ツールなのに)モチベーションを上げられた質問があります。それは、次の時間感覚の話も踏まえて紹介します。

「私はどうなりたい?どんな部屋が理想?どんな空間に住みたい?」

例えば、山下さんが
今が嫌だから、この部屋が嫌だから、断捨離するんじゃなくて、
私はどうなりたいのかな?どんな空間に住みたいのかな?という質問から始めるといい、ありました。

というよりも、
そうしないと断捨離しなきゃ、とか、捨てるときの苦しさに負けそうなります。

僕が去年まさに心臓を鷲掴みされるくらい苦しい瞬間がありましたけれど、人間って基本ネガティブに意識が向くようになってるので、よほど楽観ベースで生きてる人、今の10代、10歳未満くらいの世代じゃなけれど、この問いかけは断捨離のベースになるはずです。

並木さんも断捨離・統合の、その先に進みたいか?、ハイヤーと一致していきたいかどうかだ、いかに未来の自分に導いてもらうか?といったことを言っていた。

次の項目の、時間は未来から流れてくることも話されていて、
これは本当、超現実的なトピックスとして、コーチングでは扱われますし、僕もこの時間感覚のおかげで生き方が全く変わりましたし、悟っていくためにも最低限持っておくといい感覚なので、次で合わせて解説します。

物の断捨離は、思考の断捨離

物の断捨離は、思考の断捨離だ、ということ、そして、僕らの意識の中の質問の断捨離(もしくは再構成)が欠かせない
という話にいきます。

まず、物を断捨離してシンプルにすることは、思考をシンプルにすることで、
精神と肉体を思考という重たい波動から、解放させてあげることです。
本来、精神と肉体はすごく軽いはずなんです。

これは、思考がぐるぐる回って、疲れやすい人、睡眠が浅い人には結構助けになるんじゃないかと思います。
僕が元々もはめちゃくちゃに思考が回る人間なんですけれど、思考にエネルギーとられちゃって、24時間休まらないんですよね。

確かに、物理次元の「もの」さんたちが、僕らの思考を占有します。
僕の場合、現在のところ、この冬使ってから手放そうと思っているスノボのウェアがあるけれど、まだ手元にあるものですから、僕のメモリと精神エネルギーを彼に差し上げてしまっている状態です。
早々に手放して今シーズンからウェアはレンタルする手もありますが、僕は元々がちょっと潔癖傾向があってレンタルもあまり好きじゃないんです。レンタルのウェアってあんまり綺麗じゃないイメージがあります。
来シーズンからはレンタルとは思っていますが、でも僕のウェアはまだあまり着てなくて綺麗だからもうちょっと着たい、けれど家で嵩張るから手放したいんだよねって、不毛な思考がちょくちょく出てきます。
現状、ボードウェアさんにエネルギーをすこしお渡ししてる状態だし、彼に対しても失礼だなと思っています。悪者扱いしちゃっていて…。

それから、3冊の書籍もあります。僕も紙の本は相当、処分しましたけれど、まだ、もう一度目を通して手放そうと思ってるのが3冊ありますけれど、彼らも、わずかであっても確実に思考を産んでくださっています。

これって、
本質じゃない、純粋じゃないものにエネルギーを注ぐわけですから。世界最小に自殺といってもいいかもって思うんです。
僕も、物さんにとっても、お互いのためになってないですよね。わずかだけど。

皆さんも、読んでない本だったり、物じゃなくても、たとえば、外壁の塗装をしたいと思いつつ着手してないとか、子供の服のほつれを修繕しようと思ってできていないとか、そうした未完了のことに、エネルギーを与えてしまってるってあると思います。
本当はやりたいと思ってできていない、何かご自身を表現すること、何かのアート作品を世に出せていないとか、もあるかもしれませんね。
こうしたことも、この後のコーチング×観照意識、未来から流れてる時間感覚で解決可能です。

だから、
思考の断捨離は、めちゃくちゃ大事で、そのためには、自分の中で毎瞬勝手に生じてる質問も、あわせて断捨離していきたいところです。
僕らの中で、思考そのものを止めようとしても、基本止まりません。
それは血流が生じる、脈拍・血圧が自然に生じるのと同じです。
でも、呼吸を意識的に変えることで、血流、脈拍・血圧に影響することができるように、質問は、ダイレクトに思考に影響できます。
なぜなら、質問は思考の元だからです。

今回の断捨離セミナーのなかでも、お二人が実は僕らの質問を変えることを随所で言われていました。
「私はどうなりたい?どんな部屋が理想?どんな空間に住みたい?」
って問いかけることも、まさにそうですよね。

並木さんが自分軸に立つために「100の位置」にいかに立つか?これには色んな方法がありますけれど、これも質問することだって言われていました。
端的には100の位置ってリラックスですから、
「私にとってのリラックスはなに?」って問いかけてリラックスできるもの・ことを取り入れて、100の位置を深めつつ、ズレてるか?近いか?にまず敏感になるといったことを言われていました。
こうして、感度がますのは、見かけ上ワンネスから離れているものにも敏感になることと同じだなと思いました。
一度ワンネスを味わい始めると、本当はすべてがワンネスでしかあり得ないですが、見かけ上ずれてる自分の波動、人の波動に敏感になります。

それはそうです。
例えば、毎日、ご飯を好き放題食べてる人が、菜食とかファスティングをして一度体のクリアさ・軽さを体験したら、重たい物を食べた時の影響ってわかりやすくなります。
これは、ずっと重い物を食べてたら全然気づけないです。

本当、
質問は全てを作っていますから、断捨離でも大事のは、当然と言えば当然ですが、
質問のことは一度時間をとって学んで血肉しても損はないでしょう、と思います。
たとえ僕らがアセンションして完全に3次元を超えた先でも使いますから。

それは、
質問って気を付けておかないと、鋭いナイフのような凶器にもなり得ますから、
何気ない質問が、相手を深く傷つける可能性もあるし、
僕らが質問して、一番傷つている相手は、実は自分自身だからです。

僕らは、ともすれば、365日、24時間、毎瞬毎瞬、無自覚に質問をして、自分自身を傷つけもし、勇気づけもしています。
僕は質問の本質の授業オンライン講座をしていますけれど、受講生の皆さんが、よくそのことのに気づかれるんです。

家族に対して「捨てなさい」命令する?、質問する?

そして、例えばセミナーで話題にあったのは、
物に執着してる家族に物を捨てるとか整理して欲しいとき、どう彼らにアプローチするか?です。

山下さんは家族に例えば「捨てなさい」って命令するのは暴力になり得て、
例えば「これをこのまま手放さないことをどう思う?私はこう思うんだけど?」って質問することを次善の策として提案されていました。

でもこれって、ただ質問すればなんでもいいわけじゃなくて、山下さんの意図されているのは、相手を完全に尊重した、思いやりの質問なんです。
これはやましたさんのお話の内容、波動から当然、読み取れることで、今の僕にとってはすごくわかりやすい説明でした。
ただ、昔の、もっと我が強いときの僕だったら、「そうか、質問すればいいのか!」って勝手に解釈して、相手を尊重しない、問い詰めるような質問も選択肢に入れてしまったかもしれません。
(山下さんの説明は、全然そんなことなくて、相手の尊重が大前提でしたから、これはあくまで昔の僕が都合良く受け取ってしまったしたら、です。)

そして
質問は、命令以上に、相手にとって抵抗できない暴力になりうることは、今すぐ簡単に体験してもらえます。

例えばですが、

この動画見た後やることを思ってください。

次の予定を考えてください。

って言われたときの、意識の動き方と、

この動画を見た後何をしますか?

あなたのこの後の予定はどうなっていますか?

って、質問されたときの意識の動き方を比べてみて、どうでしょう?
結構違ったのではないでしょうか?

または、

コーヒーか紅茶を飲みなさない。

って言われた時と、

コーヒーにしますか?それとも紅茶にしますか?

って質問された時、

〜しなさいって命令されると、ちょっと意識に幕とか壁を張れるような、
「え、どっちもいいです」って瞬間的に、防御できる感覚もあると思うんですけれど、
質問されると、「え、どっちかな」って飲むこと・選択することが、少なくとも一瞬は、すっと入っちゃったと思います。

これが、自分を責められる質問だとしたらどうでしょうか?

僕らは思考によって行動しますが、その前にほぼ必ず質問があります。
この後の予定について、自ら進んで思考する前に、「この後どうなってたっけ?」とか「何するんだったけ?」とか無意識にせよ質問があって、「この後は、こうするつもりだ」って思考ができます。

自分がする質問を相手にかけられちゃうと、すっと入ってしまう。自分でその瞬間は思考を選べなくなります。

意識はインターネットみたいなもので、ネット検索するように、自分への指示・命令は、質問によってなされます。

どうして、こうなるか?は、オンライン講座の中でさらに詳しく理論的に、しかも体験的に学べるように設計しています。
ますます質問を意識的に使ってきたいと思われるはずです。

なので、僕ら大人は、特に小さな子供とか部下とか、夫婦でも上下関係あったりしますよね。社会上弱い立場の人に、質問するときは、相手の脳にとっては抵抗できない命令として機能することは、よく知った上でしないと、本当恐ろしいんです。

たとえば、僕は大学の時に研究室の先生によく、
お前は無能だなって真顔でよく言われてました。

「お前は無能だ」

ってセンテンスは確かにきついですが、
もっときついのが

「お前はどうして、そんなに無能なんだ?」

って質問です。

どうですか?
「無能だ」って言われるのと、
「どうしてそんなに無能なのか?」って問われるのとで、
意識の動きが違いますよね?
きついですよね?

だから、
小さな子供が何か失敗したときに、「◯◯ちゃんは、どうしてそんなこともできないの?」って聞いたら、子供という白地キャンパスに黒いペンキをバシャっとかけるとか、切り裂くような物です。

もし、言うなら、「これがこうして、こうなって、こういう結果になったね」って、ただ起こったことを子供が認識できるように鏡のような枠割を、大人としては、果たせればいいかなと思うんです。

本当、僕の講座の受講生さんには、学校の先生、育児中の親御さんもいらっしゃるんですが、
すべての親御さんにも、学校の先生にも、この質問の本質は、ぜひ知っておいてほしいとか、あるいは育児を終える前に知りたかった!と言われていますし、学校で授業やってほしいとも言われますので、いずれそういう段階もくると思います。

僕自身も自分の会がこのことを知っておいてくれたら、先生たちが知っておいてくれたら、もしくは学校で僕自身が習いたかったと思っています。

これは、リアルの、外にいる子供だけじゃなくって、僕らの中にいる無数の子供たちに対しても、言えることです。

あなたの内側の子供たちを、問い詰めたりしていないでしょうか?
僕は散々していきましたが、皆さんはいかがでしょう?

でも逆に言うと、自分がいかに心地よく、楽しく断捨離するか、いかにアセンデットしていくか?も自分への質問、問いかけが、強力な鍵になるであろうあろうことは、想像しやすいのではないでしょうか?

実際、
ほか色んなお二人の、自分への問いかけの工夫がいくつもありました。
本当に、断捨離も、質問でできています!

その中でも繰り返し言われていたのが、

未来の自分に繋がる質問

でしたので、
ここからは、
コーチング的にも、物理学的にもにも言われるこの世の真実的な観点からも、
時間は過去から現在・未来へ流れるんじゃなくて、
未来から現在に流れてくるからこそ、
いかに未来の自分に繋がるか?で、その質問の仕方が「大事なポイント」であり、
実はこれしか起きてないという話をしたいと思います。

2)断捨離・統合を進める…「未来→現在」時間感覚

時間は未来からきます、そして、思考は現実化するっていいますけれど、思考すななち質問ですから、現実化してるのは質問とも、言うことができます。

まず、時間は、未来から流れてくる、話からです。

普通は、
過去から現在、未来へ流れる
って認識されてます。
確かにそうですよね?

ジャガイモ、にんじん、玉ねぎを買って、切って、煮込んで、スパイスを入れたから、カレーができました。
って言う時に、どう考えても、時間は過去から未来に流れていて、
確かにこの認識も悪いわけじゃないすけれど、コーチング的には、「不幸な時間感覚」って言われます。

ええ?それ、どういうこと?ってなりませんか?

でもこれは簡単な話で、
これは作りなれたカレーだから、「できる」って未来を確信しているから、この時間感覚で問題ないだけで、不幸な時間感覚にならないだけだ、ということです。

つまり、
「断捨離を理想的な完了させる」とか「ゼロから始めて、カウンセラーとして独立する」っていうまだ未経験のもの、不確かなもの、エネルギーが必要なものになると、
この過去、現在、未来という普通の時間感覚だと、僕らは不安とか苦しさとか、ネガティブが先に立つように、本能的になっています。
だから、継続できかったり、並木さんがこれ出てくると良くないと言っていた「めんどうくさい」が出てきやすくなります。
この時間感覚だと、不幸になりやすい、ということです。

そして、
カレーは、完成するまえから「絶対できる」ってわかってるので、未来に確かに繋がれていて、実来から時間が流れてきてるんです。
つまり、
カレーを作る未来をまず決めて、これは確定的にその人の中で出来上がってて、
その未来がまずあって、その直前には、味付けする、その前には「あくをとりながら何分間煮込む」、その前には、材料を切る、さらに、材料を買ってくる、という流れになります。

だからコーチングでは、まず、理想的に断捨離が完了した未来が確定的にあって、あるいは、カウンセラーとして幸せに独立して生きている未来があって、
そこに完全に入り込んで、その実現した自分として、現在と言う時間で準備をしていく、っていう流れになります。
ここにはいくつか工夫したり、深める余地はあるにせよ、理論はすごくシンプルです。

物理学的にも未来はすでに同時に無数に存在する、並行現実がある、といわれていますから、
実際、僕らは、こうなりたい!って未来に引っ張られて生きています。というか、生かされています。
なので、未来から逆算するって、よく言いますけれど、本当は、逆ではなくて、順番どおりなんです。

だから、時間は未来から流れてくる感覚を、コーチングでは、幸せな時間感覚っていいます。

これはもうひとつ意味があって、
過去から未来へ流れる不幸な時間感覚で生きてる、過去の延長線上の未来になりやすい、そうするとやっぱり不幸そのものでしょう、ということです
僕は、ずっと病気の人生で、大人になるまで治らなければ一生治らないっていわれたり、そのまま生きてると、ずっと病気のままですよね。
それに小学校の時に生徒会の役員として、全校集会でちょっとした役割があってみんなの前でちょっと喋るだけなんですけれど、そこで失敗したのがトラウマになって、ずっと緊張しいで、他の経験も含めて自信持てないを人生でしたけれど、もしそのまま過去から積み上げた未来しから描けなければ、独立は夢のまた夢だったと思います。

過去ももちろん生かせるので生かし方のコツもあるんですけれど、これも相当注意していないと、単なる自己制限、過去の束縛になってしまいます。
だから、まずは無制限の理想の未来が断然プライオリティーが高いです。

それはそのはずで、スピリチュアル的見ると、
今の自分、過去の自分、過去に影響された未来ってローワーセルフそのものになりがちなのに対して、
制限を外した無制限の未来の自分って、ハイヤーセルフのいち表現なんです。
もしくはガイドを通した、表現です。
だからこそ、未来の自分からパワーもビジョンも、僕らが得られるの当然だ、というわけです。

だから、断捨離でも
未来につながる、というよりも、
「断捨離を完了した未来の自分から、「今ここ」でこの「物」を手放す、という一動作も始める」、
ということを基本にしたいところです。
今ここを、ハイヤーとして、本質的として生きるために、「未来」を利用していく意識です。
結果、今、十分も行動していく、という現象を経験していくことになります。

本来、僕らは行動できるんだと思んです。
例えば1歳〜3歳くらいの子供を想像してほしいんですけれど、行動できない子供はいませんよね?
あれが僕らの(大人であっても)本来の姿です。
もちろん、大人はいろんな考え方ができるので、子供と全く同じじゃないですが、ネガティブになる必要は、必ずしもないですよね。

未来の自分に繋がる質問

そこで、お二人が話してた、
未来の自分に繋がる質問
が、本当に、僕らの中で、効力を持ち始めると思うんです。

本当質問自体はシンプルなんですけれど、例えば、

「今、断捨離を進めない、手放さないことによって、被る損はなんだろうか?」
「捨てないでいることで抱えてしまう不安はなんだろうか?」

という質問と、

「捨てることの大きな得(徳)は?何を得られるんだろう?どんな新しい空間になるだろう?」
「そんな空間にいてどんな気持ちになるだろう?」

といった、大きく2種類の質問です。

コーチングでは、こういうネガティブサイド・ポジティブサイドの「振れ幅」を、あえて大きくとることをよくやります。

つまり、
意図的に、ネガティブな未来を一時的に見ることによって、
かえってポジティブな未来へ接続を明確にしていきます。

多くの人にとって、ポジティブへ行きたいってエネルギーよりも、ネガティブを避けたいってエネルギーのほうが出しやすいので、
この両方のエネルギーを使っていきます。

ポジティブ(快)へ行きたいエネルギー < ネガティブ(痛み)を避けたいエネルギー

コーチング的には、さらにその先の未来を見ていきます。
たとえば「こうやって断捨離しなかきゃと思いながら、十分にしきれないことが、半年後、1年後、そして、5年、10年と続いたら、この悩み、重いバイブレーションは、さらにどれほど悪化するだろう?10年後今と同じようにまだ断捨離のことで悩んでいるとしたら、10年前の今を振り返ってどれほど後悔するだろう?」
って、一旦あえてネガティヴな未来を拡大させます。
すると、真逆の、理想的な拡大した未来のパラレルが明確になっていきますし、シフトする強力なエネルギーにもなります。

僕もこの力学をずっと使って、非力な自分でも独立へ進んできました。まさにこの力学でした。
当時の仕事は決してキラいじゃなかったですが、どうしても今の仕事がしたかったですから、もし20年、30年このままだったとして上司たちと同じ席に座るのを想像して、「絶対嫌だー!!」って心の底から叫びました。
そうすると、これが前進するパワーになるんです!

観照者意識にさらに馴染んでいく

そしてここで、僕らは終わってしまってはもったいなくて、
観照者意識にさらに馴染んでいく機会にしていきます。

つまりは、
この現在の自分、少し先のポジティブサイド、ネガティブサイド、さらに先の2つのパラレル、
どれも、まるっと抱える、本来の自分の大きさを思い出していく機会にするということです。

この現在の自分も、未来のパラレルを選んだり、切り替えたり、観照する意識があることに気づけていきます。
僕の場合、感覚的には、現象というスクリーンを見ている自分の後ろ側、または包むような意識です。

じゃあ、これにどう気付けるか?という話ですが、これも質問です。
例えば、
今この「物」を手放そうか?いや勿体無いし…とか悩んでいるのは、誰だろうか?どんな意識だろう?
このネガティブな未来を想像して、入り込んで、身震いしているこの自分は誰だろう?あるいは、ポジティブな未来に入り込んでいる意識はどんな意識だろう?

と言った質問を持つことで、質問する側、観察する側に回ります。

そして、
この観察する意識は誰なんだろう?この意識はなんなんだろう?何なん?どこからきている?

といった質問の先に、いわゆるハイヤーセルフ、一つなるもの、根源の意識に、僕らは浸っていくことになります。

そもそもワンネスでしかないですから、「その先に」という言い方はおかしいですけれど、
この見かけ上の個人としてプレイしていると、そういう表現になってしまいます。

この大きさは、僕らの個人としての意識からすると無限とも思えるほど大きいので、生涯をかけても探求しきれないですが、でも、どうせなら、今可能限り思い出することで、
この今断捨離をするという現象も、もっと味わって楽しむことができるようになります。

そもそも後悔はない、失敗はない、何の損もないのなら、何を手放そうか!?

そして、
僕が、この1年断捨離をしてきて、個人の意識からしても、「これは強力だな!」と実感している質問があります。

それは、
今回の断捨離セミナーで並木さんが言われた「考え方」であり、「事実」で、
山下さんが「名言だ」とおっしゃてた、ものも反映しています。

それは何か?っていうと、
何かを捨てて、あとでやっぱり捨てなきゃよかった!と思っても、
それすら本質が体験したかったことだし、その後悔も受け入れ、自由にさせてあげる、つまり手放すことが結果、豊かさをもたらすわけで、結局のところ僕らに失敗はなくて、
だから一時的に後悔した!、損した!と感じても(そもそも幻想ですし)、「仕方ない」ということです。

僕はそう受け取っていまして、
そこで、僕がやったらいいと思う質問が、
「そもそも後悔はない、失敗はない、何の損もないのなら、何を(大胆に)手放そうか!?」
って質問です。
「そのことでどれほど解放されるだろう?どれほど自由になるだろう?」そして「これを手放すことが、どれほど僕を新しいステージに押し上げるだろう?」
ってことです。
僕らはどう転んでもうまくいくって思うと、ワクワクしませんか?

そして、しかも
観照者意識、その先に広がっていく、というよりも、「それでしかない」ことを思い出していく過程は、今の時代の、僕らの人間体験の醍醐味だと思います。
完全に思い出しちゃったらゲームオーバーですから、今すぐにでも卒業したいかもしれませんが、一応宇宙はそうはなっていないので、ぜひこの過程を楽しんでいきましょう。

ということで、

あえて・後悔・痛みに振って、将来の得、理想の自分を見て(これはリアルに体験するのがポイントなのでいくらか工夫の余地はありますが)
これ自体がエネルギーになって反対のパラレルにがちっと接続して、

現在で断捨離が順調に進むというスクリーンを体験しつつ、
そして、観照者意識を思い出す、あるいは浸っていきます。

これはもちろん、断捨離に限らず、あらゆる現象というスクリーンでできますので、ピンときた方は色々試してみてください。

 

3)断捨離で、統合がイージーになっていく

以上のようなこと落とし込んでいくと、
断捨離で統合がイージーになる(「統合がイージーになる意識」に軸を置きやすくなる)
ことが、もっと僕らにとっての「当たり前」になっていきます。

少し前に、
断捨離は見える統合だし、目醒めとかアセンションとか見かけ上遠そうな人とも共有しやすい統合だってこの1年で実感しきたといったこをお話ししました。

断捨離をすることで、如実に、物と自分の分断がなくて、つながっている、元は一つだ、つまりワンネスでしかない、という気づきに至っています。

普通は、体を境目にして、自分か自分じゃないか区別していますが、それが徐々に崩れていくんですよね。

そして
この感覚が、僕らの覚醒、統合を進めることをさらにイージーにしていきます。
もう少しいうと、この統合を進める意識が僕らには元々あって、その意識に入れやすくなる、ということです。
自分と外の区別はないって意識です。

でも、こんなことを考えなくても、僕らはもともとこのことを知っています。

例えば、僕らは、自分が身につけてるアクセサリーとか服を褒められたら嬉しくなったり、
自分が住んでる街が褒めたり、逆にけなされると、嬉しくなったり、悲しくなったりと、感情が動きます。

これ、何がおこってるかというと、そのアクセとか街と、自分を自分だと思ってるんです。

これは自分が勤務している会社にもおなじことが起こります。
もう結構前ですが、ある有名な自動車メーカーで大規模なリコール問題が起こった時に、かなりバッシングされて、鬱症状になってしまった社員さんが続出した、ということがあったそうです。
これって、多分会社を愛している、つまり会社と自分を同じだと無意識に思っている人ほど、そのダメージは大きかったんじゃないかと想像します。

これと同じようなこととして、
野菜嫌いの子供が、
自分で育てた野菜を、自分で料理すると、美味しい!ってぱくぱく食べるってことが起こる時も自分と野菜の境界が薄くなっているからです。

山下さんたちが、セミナー中に断捨離と統合ワークで、見える世界と見えない世界を両方から統合を進めれられると繰り返しおっしゃっていましたけれど、
本当、ものと自分を分断できるはずもないですね。

今の自分にふさわしくないにもかかわらずもったいなくて捨てられないって放置できるのは、
まさに自分と物を見かけ上分断してるからで、でも本当に分断できるはずもなく、確実にそこに、言うなれば「ダメージ」を受けています。

だから、ある意味、僕らって器用なのかもしれません。
できるはずもない分断を見かけとはいえ、分断して、それで苦しむわけですから。

捨てることは希望でしかない

ということで、
捨てることは希望でしかない
と言う話です。

山下さんが、捨てていくことで、
モノへの執着は減るけれど年齢を重ねても人生にも希望を持てる・貪欲になれる、といったことをおっしゃっていました。
捨てることで不安になるようだけど、希望でしかないと。

本当そうですよね。
旧来の、僕らのデフォルト設定で断捨離しようとすると、いろんなバリエーションはあるにせよ、感情の分類としては総じて「不安」が先に立ちます。
これは人間心理の仕組み上、何であれ、後戻りできないことには、防御反応として「不安」出るようになっています。
が、その不安ってまさしく幻想で、これは実際手放して見たらよくわかります。
本当不安はすぐ消えますし、僕も一時的に後悔もしたやつもありますけれど、本当一時的です。

断捨離する…
そのためには物を通して、自分と向き合う、統合が進む、そして、自分の本質を思い出していく。
しかも、空間が空いたところに、これは物理次元でも意識次元でも、宇宙は新しい物を送り込む、
僕も例えば、前の仕事を手放さなければ、今の生き方はありませんでした。
そして、もっと小さい話では、タッチ画面付きのウィンドウズPCが手離れることでiPadを持つことになりました。
そういう物質的なこともいいですが、あのシヴァ神さえも全てを手放して幸福になった、持つことによる幸福よりも、持たないことの幸福の方が高い次元にあるんだ、と言う逸話があるそうです。

持つことによる幸福 < 持たないことによる幸福

しかも譲った相手はビシュヌ神だったそうですけれど、譲られた方はどうだったのでしょうか??

確かお金は無ければ守らなくていいけど、あれば運用するなり管理しなきゃってなったり、失う恐怖も所有することになるかもしれませんし
肉体とかマインドを自分だと思っている限り、他人を他人だと思っている限り、僕らに本当の安らぎはないのかもしれません。
物質はおまけみたいなものですので、でもそのおまけが楽しいのがこの世界なので、あまり執着せずに、楽しむ時は楽しみたいです。

まとめ

ということで、
断捨離も「100の位置」も、質問でできていて、

例えば、
「私はどうなりたい?どんな空間に住みたい?」
「どんな、その先に進みたいか?」
といったことを、意識に問いかけをして、

「いかに未来の自分に導いてもらうか?」がポイントなんですが、ポイントというよりも、
実際問題として、未来から時間が流れてる、という意識じゃないと、僕らは継続的に、クリーンに動けるようになっていません。

そして、断捨離はまさに思考の断捨離で、思考を扱うなら、合わせてここでも質問を上手に使っていくことが欠かせない、ということでした。
僕らは365日毎瞬、無自覚に自分に問いかけています。
それに意識は逆らえないんですが、断捨離を進める質問なのか?それとも停滞させる質問なのか?ということです。
自分にも、家族にも、山下さんが言われるように、ぜひ思いやり・尊重を前提にして質問したいところです!

質問は、命令以上に、抵抗できない暴力になりえますし、
強力なサポートにもなります。

そして、
未来の自分につながる問いかけをするということで、

通常の、過去現在未来の時間の流れは、コーチング的には「不幸な時間感覚」であって、
量子物理学的に見ても、これは僕らが思っているような事実ではありません
なので、
コーチング的にも、量子物理学的に言っても、すでに存在する平行未来に入って
しまって、僕らはそこから現在という見かけの時間を始めていくほうが、
実際問題、役立つわけで、幸福を感じやすい時間感覚になります。

同じ未来に入るしても、
過去の延長線上の未来=制約だらけの未来に入ってはもったいないです。
ぜひ無制限の未来から今を始めましょう。

同じようなことは、アルクトゥルス人たちも勧めていますが、地球人はこれがまだ苦手な人が多いですねって言っています。
彼らは5次元以上なので、過去現在未来を同時に見るのが当たり前なんだそうです。例えればDVD全体を見てる感じです。

そして、僕が大好きな質問もシェアさせていただきました。
(「後悔はない、失敗はないのなら、何を手放そうか!?」)
もしこの質問を使っていただいたら、どれほどあなたを前に進めてしまうんでしょうか?

僕らは何かの答えを求めがちですが、
答えよりも、いくつか自分のためになる質問を持っておく方が、基本良いことが多いです。

人間は常に自分に問いかける生き物です。
でも、それが古いバージョンのままなら?古い地球の集合無意識に影響されたままなら、どこにも行けないかもしれませんですよね?

そして、断捨離で、統合がイージーになっていくのは、
断捨離を通して、そもそも僕らの深い部分では、自分と外をまったく分断できていないことを思い出して、すべてはつながっているというよりも、一つなんだと思い出せていくので、
この意識なら、一つなるものに還ろうとする統合も、当然進めやすくなる、と僕は事実として感じています。

そして、持たないことによる幸福、これはまさに身軽な荷物だけで旅行に行った時に近い物を僕らは実感します。
シヴァ神のように、全てを手放す、とまではいきませんが、この秋、年末に向けて最後の仕上げを物さんに感謝で、していきたいと思います。
僕らはそれぞれ、どんな自分に出会っていくんでしょうか??

各講座について

心理学・物理学・スピリチュアルを統合した3講座を運営しています。

(1)まずは自分軸を取り戻す(眠りを卒業する)
★「質問の本質の授業」オンライン講座

本質・ワンネスを思い出すベースとなる講座です。

5次元意識・時間の使い方、現実創造もカバーしています。
質問を通じて多次元意識も思い出します。
まずはここから。眠りを抜けないと始まりませんよね。

(2)ポジティブ・ネガティブ、光・闇…二元性を超えた「純粋観照者」を体験する
★正反統合ワークオンライン講座

ワンネスに還る前に通常通るのが「純粋観照者」です。
人間意識とはまったく違うクリアな意識を思い出します。
「これまで自分がいかに小さかったか!」ワーク後に驚かれるでしょう。

(3)そしてワンネスを思い出す、ワンネスへ浸る
★ワンネス体感ワークオンライン講座

そしてついにワンネスへ…「純粋観照者」さえも包含する根源の意識を体感します。
一度味わったスウィーツの味は、肉体次元でもいつでも味わえるようになります。

「ワンネスに還ったらワンネスそのものじゃないですか?」
その通りです。ただ、ワンネスに浸ったままだと歩くことすら危なくて
人間の肉体体験に戻るには、人間意識とワンネスをブレンドするくらいがちょうどいいんです。
しかし現象界の全てが変わることになります。

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